淡路島 由良・成が島

今回はそのなかから砂州と呼ばれる、海が砂遊びして創り出した地形に出かけました。
日本一有名な砂州は京都府北部、丹後半島のつけ根にある日本三景のひとつ「天橋立」 。わたし的には鹿児島甑島にある長目の浜が神秘的で優劣つけがたいところです。
それで今回はGWに大津から日帰りで行け 砂州の穴場とも思われる、淡路島・由良の成が島へ。 y.terai

今回はそのなかから砂州と呼ばれる、海が砂遊びして創り出した地形に出かけました。
日本一有名な砂州は京都府北部、丹後半島のつけ根にある日本三景のひとつ「天橋立」 。わたし的には鹿児島甑島にある長目の浜が神秘的で優劣つけがたいところです。
それで今回はGWに大津から日帰りで行け 砂州の穴場とも思われる、淡路島・由良の成が島へ。 y.terai

-169x300.jpg)



長野駅前でレンタカーを借り、ずっといままで行こうと思いながらも叶わなかった戸隠・妙高に足を踏み入れました。戸隠五社を回り切りそのご褒美なのか、奥社隣接の自然公園では満開の水芭蕉に迎えてもらいました。
そして妙高方面へ。で、鉄分多めな体質なもんで通りすがりに興味本位でしなの鉄道黒姫駅に顔を出したら、待合室で多くの人が何かをすすり食しているのが目に入り、駅奥に目をやると構内そば屋さんが営業しているではないですか!これは天のお導きとばかりに山菜そばをいただくことにしました。
そして野尻湖経由で、いまの時期雪解けで水量多く別名地震滝とも呼ばれる苗名滝、いもり池、赤倉温泉足湯公園を巡り、最後にこの旅のお疲れさんフィナーレで妙高温泉・地元共同浴場「大湯」によそ者がしばらく間借り状態で浸からせていただきました。
車を返し長野駅で夕食におやきとなぜか駒ケ根ソースかつ弁当が店をかまえておられたのでそちらを手に入れ、特急「しなの」で帰路につきました。「しなの」では4号車に乗車し、途中3号車のトイレを利用したらインバウンドが多いいまとなっては珍しく和式だったので思わず写真に撮ってしまいました。もうすぐ見納めのようです。 y.terai
今回の旅の起点は小淵沢。駅近くのトヨタカーシェアで車を借りました。
わたしのようなブラリひとり旅派にはカーシェアはとても便利で、最近よく活用します。 メリットはまず拠点が多いこと、エッこんなところにもあるのってことがわりとあります。 それに好きな時間に乗れること。今回も朝6:30スタートでした。レンタカーだと営業時間にしばられそうもいきません。空きがあれば当日直近でも予約できるのもいいですし、15分単位の短時間利用OKもありがたいことです。 さらにガソリン補充なしで戻せるので時間制約のある旅先ではとても助かります。

当日は先にあげた八ヶ岳山麓を回った後、駅からみると反対側の甲斐駒山麓サントリー南アルプス工場の杜をガイド付きでご案内いただいてから小淵沢駅に戻り、駅では名物駅そばの馬肉・舞茸入りをかきこみ、家族リクエストの信玄餅を忘れないように購入して、いよいよ次の目的地、終点・小諸へ向け出発!40年ぶりの小海線をゆっくり2時間ほど楽しみました。
小諸では閉園時間が迫っていたので懐古園(小諸城址)へ急ぎます。園内の100周年を迎える動物園にもギリギリ間に合いました。小さな町の小さな動物園、長年愛されてきた様子をシミジミ感じられちょっとした幸せ時間を過ごせ

ました。
懐古園を出てからは、線路反対側の市街地(旧城下町・宿場町)を時間許す限りじっくり歩いてまわります。それが思いのほか風情が残っていて、よい意味で予想を裏切られました。地元民に反感を買いそうですがわたし的には新幹線通らなくてありがとうでした。まぁ世間にはそんな思考(指向)のやつもいるということでどうぞお許しを、 大目に見てやってください。 y.terai
追伸;山梨へ行ったら食で個人的に外せないのが「かぼちゃほうとう」。旅の初期計画段階では甲府駅前で食したことのある、ローカルチェーン小作の清里店でと思っていたのですが、営業時間と当日スケジュールの兼ね合いで難しかったので、小諸あたりでどうかなと探してみました。わたし的には山梨も長野も甲信越とひとくくりでよく語られるのでその風土に大差なく食文化も似ており、それこそ小海線でつながっている佐久平から小諸の東信地域なら、ほうとうを食べさせる店はゴロゴロあるじゃろと予想していたのですが、甲斐と信濃では違うようでした。ようやく見つけた一軒が岩村田にある「和食屋・あい膳」。小諸から小淵沢に少し引き返す体になりますが、晩飯はここで決まりと小海線で往復しました。念願のほうとうの他、こごみなど春山菜もいただき日常にない鄙の贅沢を感じました。どうもごちそうさまでした。

中学卒業時、記念にと野郎数人で富士急ハイランドへ行きました。寝台急行銀河から身延線に乗り換え向かったのを覚えています。その時になぜかしら?誰の発案だったのか・・・多分その呼び名だけで選ばれた何も見るもののなさそうな、そして実際すぐに折り返し立ち去った「小海線・乙女駅」のホーム駅名表示板の前で集合写真を撮ったのを懐かしく思い出します。
そして次に清里。わたしが大学生の頃、清里は「高原の原宿」と呼ばれ、ファンシーな建物が立ち並びタレントショップを初め若者が溢れかえり高原イメージらしからぬ大変なことになっていました。かくいうわたしも当時は東京で学生生活を送っていたので、乗り遅れまいと友人と出かけて行ったものです。そしてその清里で生まれて初めて50ccバイクに乗車。それが無謀にも普通免許取り立てかつ50ccバイクの運転の仕方など皆目知らないくせに、若気の至りでレンタルバイクを借りて走らせたのです。その結果案の定というか砂利道のカーブでスリップ転倒し、顔面、手足にかなりの深い傷を負うことになってしまいました。まだ当時はおおらかな時代でしたので、大騒ぎにならずその点は助かりましたが、東京に戻りその後しばらくひたすら痛みと顔の傷への恥ずかしさにひとり耐え忍ぶはめになったのを思い出します。
また大学2回生の夏休みに、八ヶ岳山麓・信濃川上村レタス畑で住み込みバイトを経験しました。ただし早朝3時過ぎから中腰での刈り取り作業は、当時の世間知らずでもやし野郎のわたしに耐えきれるわけもなく何やかやと理由を付けて早々に退散させていただくこととしました。その後大人になるにつれ、当時とても周りに迷惑をかけていたことを思い出しその申し訳なさをひとつの教訓とし生かすようには心掛けてきました。そして今回は清里の近くでもありますしこの機会に行っておかなければこの先ないであろうと、記憶もかなりうすれているなかでありましたが、お世話になった居倉集落をいまの自分の立ち位置から振り返りながら懺悔の心持ちで訪ね歩きました。 y.terai

